『リア王』 のなかの 「占星術」

 シェイクスピアの 『リア王』 のなかには、 「占星術の信者」 を a sectary astronomical と表わすところがあります。astronomical は現代英語 では「天文学の」ですが、この作品は17世紀初頭の英語で書かれているのです。

この場面を含めていくつか、当時の人々が占星術をどのように考えていたかが推測できるところを見てみましょう。

リア王の台詞のなかには、彼が占星術を信じていると思わせるようなものがたくさんあります。例えば彼は、 我々の生死を司る星々の運行にかけて 薄情なコーデリアを絶縁することを誓い、ジュピターにかけてこの決断を取り消さないことを誓っています。


臣下のグロスター伯爵も、最近起こった日食と月食は不吉な前兆で、国王が娘を追放したり嫡男が 自分を裏切ったりするのを、自然界のたたりだと嘆きます。 こういう伯爵をあざけって彼の庶子エドマンドは、災いを太陽や月や星のせいにするのは愚の骨頂であると笑います。


ところが策士エドマンドは、兄エドガーを 裏切るためには占星術を信じているかのように装い、連続して起こった日食と月食が、父グロスター伯爵のエドガーに対する怒りの前兆であるかのような ことを言うのです。そればかりか、コーデリアに対するリア王の怒りやコーデリアを弁護したケント伯爵の追放も、天の変事のせいであるのかと思案してみせます。

腹違いの弟エドマンドの台詞をエドガーは奇妙に思い、 「いつから占星術の信者なのか」 と尋ねます。このときの「占星術の」が、 astronomical で、これは今日では「天文学の」という意味になってしまうため、現代語訳では、 of asrtology に直されます。


追放されながらも姿を変えてリア王のもとにもどり忠義を貫くケント伯爵にも、占星術に言及する興味深い場面があります。コーデリアの性格が 二人の姉のものとあまりにも違う事実を前にして、我々の性質を支配する星のせいにする以外これを納得することはできないと述べるところです。

このときのケントの台詞を見てみましょう。


『リア王』は伝説時代の架空の話という設定ですが、劇場中央の舞台を固唾を呑んで見つめていたのは 勿論17世紀の人々です。そのなかには、浅ましい欲望のままに神をも恐れず突き進む人間と、死をも恐れず忠義を貫く人間が血みどろの惨劇を 演ずるのを見て、人間がこんなにも違う姿になるのは、「やはり星のせいなんだ」とうなずく人もいたことでしょう。占星術はまだ多くの人々の 心をとらえていました。

17世紀のイギリスでは、王党派と議会派の軋轢が深まり、やがて ピューリタン革命がおこります。占星術はピューリタン政府に利用され、御用占星術師も出現し、一大ブームを おこしました。ノストラダムスなどのフランス占星術の本も続々と翻訳され、占星術を大学教育に取り入れようとする者も現れました。一方、占星術を非難する 人々も多く、占星術は議会や法廷で真剣に議論されました。 ( 中山茂『西洋占星術』参照 )

やがて王政が復古したあと、「プラグマティズムと人間の理性の勝利」(エイザ・ブリッグズ『イングランド社会史』)である名誉革命が起こり、 イギリスの近代化は さらに前進します。前掲『西洋占星術』によれば、ニュートン力学の普及によって、天体相互にはたらく力は、「両者の距離の逆自乗と質量に比例する」という 基礎方程式が広く知られるようになったことも、占星術を科学から追放した大きな原因になりました。 重力の影響を考える時に、人体に影響する天体として、太陽と他の惑星を同列においたり、地球を無視して、はるかに遠い惑星の影響を云々することは 成り立たなくなり、これが、占星術の信憑性を疑う契機にもなったのです。社会も学問も未曾有の激変を体験した時代に、 astrology という語が astronomy と区別され、占星術だけを意味 するようになったのです。